三島由紀夫の考える生の倦怠

以下、三島由紀夫のコメント内容を文字興ししてみました。

武士は普段から
武道の鍛錬を致しますが
なかなか、生半なことでは
戦場の華々しい死なんてものはなくなってしまった。

そんな中で
汚職もあれば社用族もあり、
今でいえばアイビー族みたいなものが
侍のあいだにも出てきた時代でした。

そんな中で「葉隠」の著者はいつでも、
その武士というものは一か八かの選択の時には死ぬ方を選択しなければならない。
と、口をすっぱくして言いましたけれども、
著者自体は長生きして畳の上で死んだとあります。

そいう風に武士であっても
結局、死ぬチャンスがつかめないで
「死」ということを心に描きながら生きていった

そういことで仕事をやっていますときに
なんか、生の倦怠と言いますか、
ただ人間が自分のために生るとうことだけには
賤しいものを感じてくるのは当然なのであります。

人間の生命というのは不思議なもので、
自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬというほど
人間は強くないんです。

というのは人間は何か理想なり、何かのためということを考えているので、
生きるのも自分のためだけに生きることには飽きてしまう
死ぬのにも何かのためということがでてくる。

それが昔言われていた「大義」というものです。
大義のために死ぬというのが人間にとって華々しい、あるいは
英雄的な、あるいは立派な死に方だと考えられていた。

しかし、いまは大義がない。
これは民主主義の政治形態が、大義なんていらない政治形態ですから、
当然なのですが、

それでも心のなかに自分を超える価値が認められなければ、
生きてることすら無意味になるというような心理状態がないわけではない。

ここでは「社用族」で合っていると思う。
一瞬、太宰の「斜陽族」の方かと思ったけど、話としては恐らく「社用族」のことを言っている。

社用族とは
社用族とは、社用と称し、社費で役得する人のこと。
社用族とは1948年の流行語「斜陽族」のもじりで、1951年に朝日新聞記者で天声人語を執筆したことで知られる荒垣秀雄氏の造語である。
社用にかこつけ、社費で役得する人たちのことで、接待と称して会社の接待費で飲み食いしたり、社用と称して交通費で移動する人たちがこれにあたる。

斜陽族とは
斜陽族とは、華族令があった頃の旧上流階級のこと。
斜陽族とは1947年に月刊文芸雑誌「新潮」で連載されていた太宰治の「斜陽」からきた言葉で1948年の流行語。
「斜陽」は戦後、華族令の廃止とともに没落した貴族を描いた物語。
そしてこの物語に出てくるような没落貴族のことを斜陽階級と呼び、後に斜陽族という言葉で流行語になった。

アイビー族
アメリカ東海岸の名門私立大学グループ「アイビー・リーグ」の学生の間で広まっていたファッションを、当時の日本の若者は洗練されたイメージとして捉え、比較的上品に着こなすトラディッショナルな風俗として広まった。特に、当時一世を風靡した株式会社ヴァンヂャケットの石津謙介がこのファッションの提唱者として、この流行文化をファッションジャンルの一部として定着させた。
こうした格好で銀座みゆき通り(御幸通り)をたむろしていたことから、そういった若者をみゆき族とも言い、特に1964年4月末に創刊された週刊誌「平凡パンチ」が取り上げたことで話題となった。しかし、同年9月12日には周辺の苦情による一斉取り締まりが行われ、姿を消している。

恐らくここでは伝統的な風習が崩れてしまった、ということを悲観しての言葉だと思いますが、
三島由紀夫の言葉を理解するには「葉隠」から読み直す必要があるようです。

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